タンボ
1979年10月。
番組が始まりました。
毎週金曜19:00〜生放送です。(最初の3回は録画)
後に、関西テレビの仲間の放送局でも、何週か遅れて放送されていたようです。
(関東・三重・広島あたり)
観覧希望者はお葉書を。
と、番組の最期に、告知があり、5枚ぐらいはがきを出し、観覧チケットを手にしました。
番組が、始まる前に、「誰カバ」と「ゲスト」のミニLIVEがあります。
オンエアでは、オープニングで誰カバが、テーマ曲もしくは、もう一曲演奏があり、
ゲストのバンドも一曲。
紳助・竜介の漫才。
が、大まかな流れでした。
最初の方は、倉田まり子とかのアイドルも来てましたが、
途中からは、アイドルは出なくなりました。
ちょうどその頃、プロ野球の日本シリーズ「近鉄VS広島」が行われたました。
「江夏の21球」の日本シリーズです。
外野席で応援の為、僕たちはせっせと「少年マガジン」を切り刻み
大阪球場で撒きまくってました。
紙ふぶきとして。
一人当たり「少年マガジン」三冊分を。
そこで、余った「紙ふぶき」を、番組に持ち込みオープングのテーマと共に撒きまくりました。
当時、我が家にはビデオがありませんので、その映像は見た事が無いのですが、
かなりの、目立ち方のようでいきなり、さんまさんから「カバT]をいただきました。
「生誕30周年縁会」にも、ユニホームとして着てましたが、たぶんこの一枚だけがこの世に存
在してるのかも知れません。
タンボの歌と共に、野菜が配られ、なんでか口でくわえていてたそうです。
それからも毎週はがきを出し、金曜日は6時間目の授業を、辞退して19:00には
オレンジルームにいてました。
さんまさんに、君は誰カバの親戚か?
と聞かれたこともあります。
毎週、毎週 見に行って。
狭い場所でもあり、毎週・毎週映ってるので、親戚や古い友人からも電話がありました。
|